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2014年9月留学同志社大学研究生学生感想文集2
发布日期:2015-01-08 阅读:
 

胡 丹

13级日语笔译

与前些日子相比,这两个月学习比较忙。基本上每个月都有为期一周的考试,日本老师很会选题,好多题目都是我们这些留学生的盲点,所以虽然考卷挺简单,但是想要得到满分也是颇费心力的。在课堂上,除了学习知识以外,自己也有些感悟。希望以下这些意见能给以后的学弟学妹提供一些参考。

1.准时上课。日本人守时,想必大家也略有所知。作为学生,上课守时是最基本的要求。当然,有人会说,我基本都按时上课了,但是请大家回想一下自己的研究生生活,是不是经常有人会拖个几分钟进教室呢?虽然就算你迟到了,日本老师也不会说什么,但是我想老师心里肯定是不舒服的,当然,我听说也有老师因此而讨厌学生的事。不过想想,如果自己的学生迟到,老师也会很烦的吧。所以,大家尽量不要迟到。

2.课堂上不要讲话。想必在幼儿园的时候,老师就经常对我们说,上课不要讲话。但是中国学生喜欢在课堂上交头接耳,貌似已经成为众所周知的事情了。但是老师提问的时候,又偏偏没有人愿意回答。所以,如果在国外,一定不要在上课时间随便讲话,因为这绝对会引起老师反感。

3.课堂中,老师在讲话的时候不要打断老师发表自己的意见。我班上,有一个俄罗斯的同学很喜欢上课发表自己的见解,老师讲着讲着突然被打断,虽然前几次没说什么,但是后来发生了类似的事情,老师发脾气了。

4.提问题要看准时机。日本老师在上完一部分内容后,一般都会问有没有不懂的问题。这时候可以提问。如果老师没有让提问题,下课之后可以提问。

5.发表自己的意见时,不管会不会说,大声说。大家既然被分到一个班,说明实力没有很大的差距,所以,抬头挺胸,自信地说出自己的见解。

    这些都是我这些时来上课的感想,希望能对以后来日留学的学弟学妹提供些参考。

董伊莎

13级语言文学

如果有人问,去了日本是不是日语进步很大?我会笑着说没有厨艺进步大。到了国外外语自然会进步的观点不能说没有道理,使用机会的确是上升了许多,但除去在学校的学习时间,那充其量只是限于日常生活的对话能力,一旦语言能力到达了应付生活必须,提高的方法跟人在国内国外没有太大关系。因为要听学部课程,这个学期没有选日文中心的语言课,感觉有点可惜。听学部课固然能提高听力,特别是专业词汇方面,但大班课程的缺点也是显而易见的,老师负责讲,学生负责听,分工明确丝毫不越雷池,这点大概是亚洲国家共有特色吧。唯有课余时间补充各种听力材料和朗读来提高。

另一方面,阅读能力倒是提高得飞快,现在长时间看竖版的论文也感觉适应了。来了这边安顿好之后就开始查找论文的资料,不找不知道,还真是选了个不来日本就写不下去的题目。关于民俗宗教的研究资料,不知道是不是涉及到迷信,还是国内对本民族的该方面研究还未成熟,在国内的时候能看到的日本方面的论文和著作简直是碎片中的碎片,少之又少。到这边的图书馆随便拿起一本大部头一翻就深深觉得自己对该领域的认识是多么的肤浅,整个知识体系需要重新构建,论文的架构当然也需要修改了。幸好学校藏的资料比较齐全,在图书馆基本能找到需要的。翻资料的时候一边是担心自己的进度,一边是感叹日本人把自己民族的传统研究得这么透彻。古人固然是不能完全理解打雷闪电、生老病死是自然现象,但其自发的崇敬行为难道不是一种对付超出自身控制能力的对策手段吗?其中应对的方法和模式难道不是蕴藏着民族、甚至人类心理最底层的希冀和对世界和自身的认识吗?怎能用迷信二字一概而论呢?   

在许多小说和漫画中,入夜的平安京被描写成百鬼夜行的妖魔之都,对自然力量的恐惧和崇敬很容易被拿来指责现代社会破坏环境之行为云云。我倒觉得有恐惧和敬畏是因为有想保护的东西,生命、家人、财产等等,什么都不怕那就无所谓失去,也就不会懂得这些东西的珍贵了。

  亓恬

今天是冬假的最后一天,明天开始是新年第一天上课。来日本已经快四个月了,经历的很多挫折。希望新的一年可以通过自己的努力让一切都顺利起来。在这边的每一天都是最后一天,我想好好的珍惜时间让自己尽可能多得收获更多。

前一段时间骑车不小心摔伤,扭到右手手腕休息了三周才终于恢复。当时我就在想为什么自己什么都要这么不顺利。遇到事情我总是会害怕,可是异国他乡就是会遇到各种各样的挫折。我感谢这样的经历,让我懂得要感恩,当幸福来得时候相信没有人会抱怨为什么是我,好与坏都是相互的。所以不能够一味的去责备生活。这是目前在日本生活让我收获最大的地方。以前的自己总是大大咧咧,学习上也是非常马虎。细节的地方总是不注意。但是在于日本人的接触中,他们严谨的态度让我很受启发,很多时候一件小事真的可以决定事情的成败。并且在生活与学习中也渐渐懂得责任。以前在学校的时候,逃课旷课请假都是无法无天。可是现在意识到了作为学生,在课堂上认真听课,课后认真完成作业就是你的责任。迟到会对别的同学产生不好的影响就不应该这样。虽然听起来有些不近人情,可是只有每个人将自己的责任落到实处才会有整个社会的进步。

元旦那天清晨醒来看到新闻上的上海踩踏事件,久久心情无法平复。中国人太多,这当然是一个很客观的现实。但是我想如果同样的问题在日本可能就不会发生,在京都各处的观光景点每到节假日被各国的游客占的水泄不通,但是相关单位总会引导游客按照顺路前进。这样再多的人也依旧是井井有条。当然这与国民素质也有很大的关系。如果我没有出国,没有见到日本人是这样或许自己的视线永远还是那么狭隘。古人说的读万卷书不如行万里路应该也就是这个道理。感觉很惭愧有很多道理很早就听过,可是到了这个年纪还真的明白其道理。接下来的生活与学习中也会更加留意,在方方面面让自己成长。

感谢学校给我们创造这样好的留学机会,大家都会以自己的方式作出不愧对母校的成绩。

王丹骅

有很多人说,交换留学很轻松。但在国外,上课时间短,作业少,老师管理态度不算严格,使很多人误认为国外学习比国内要简单,但在这儿想获得,那么就要拿出刚入小学的那股认真劲:课堂态度认真,包括认真听讲,做笔记,回答问题和不开小差和睡觉;课后做到完成作业,及时上交,不懂找老师。来到日本的这几个月,我发现其实现在的学生以他们的日文水平来说,理应是完全可以应付全日语教学,但却很难融入日本人的生活。我们的目标是了解并尝试去融入外国人的生活,唯一办法就是去外国同学呆在一起。要做到这一点,其实有很多种途径,上课是一种,由于每一节课的同学是不一样的,你所接触的人就更多,加以沟通,就能成为很友好的朋友,他们可以帮助你学习,也可以教会你很多外国人所特有的生活习惯;第二种是参加各种各样的群体活动当你加入其中,你就能发现进入了一个与你生活完全不一样的世界,里面的人不论年纪大小,只有自己心中热爱的球类,你能在里面找到很多很多的好朋友,他们既可以帮你解决一些难题,也可以带给你快乐,更主要的是在学习中找到放松自己的机会。虽然说同为中国留学生,能互相理解和体谅,但24小时都和中国同学呆在一起的话,会很自然的说回自己的母语,就没有达到要训练自己口语的这一要求。要避免这样的情况发生,一要靠自己控制,就算面对他们也尽量采用全英语对话,尽管他们可能说你是在装厉害;二要找外国朋友,跟外国朋友一起玩,就算不多说也可以听他们的语音和语调,对将来的口语发展有很大的帮助。

转眼间,已经来到日本将近三个月的时间了。离开家人的生活,可以说是很孤独,也非常有挑战性;离开了家乡,来到了属于外国人的土地,对于我来说,一切都是陌生的,一切都是难以理解和接受。没有亲人在你左右,不能和你分担心中来自各方的困扰,不能给与你所需的支持和鼓励,也不能给你送上温热的汤水。在外国人的包围下,只能被强迫地说着自己不熟悉的日语,也许他们话速太快我无法跟上,也许我的发音不准他们不能理解,一切问题没有别人帮你解决,只能由自己搞定。在这样的时候,渴望得到理解和帮助时,却常常会收到外国人的冷眼和嘲笑。称其为“挑战”也不为过,当面对这些困难时,我们是必须去面对的,不战胜它们就没有向前继续进发的动力!

洪欢

13级日语语言文学

不知不觉来到日本已有四个月的时间,转眼一年的交换留学生活竟然已过去了四分之一,时光的飞逝这可谓是让人惊叹。

亲身体验过两个月日本的高物价后,我毅然决定自己开伙。幸而住的宿舍裡有设备堪称完善的厨房,也因此开启了自炊生活。在出国前连饭都煮不好,除了冷冻水饺跟泡面就没自己做出过什么像样的饭菜的我,过了几个月的磨练后,现在能做出还算能入口的东西,自己都说这或许是最大的收获。

想念家乡的食物时,参考网路上的食谱,就着身边能取得的食材,做成怀念

的家乡味和宿舍的各地友人们分享。大家相互学习,厨艺竟也大有长进。

闲暇之余,我也终于开始了在日本的打工生活。总体来说找工作也还算一帆风顺,观察了各种不同的工作环境,也面试了好几家店面后,我最后选择了在药妆店的工作。虽然很累,但是对于锻炼自己的能力有很大帮助。药妆店的工作不仅需要收银,还有摆货理货等各种杂事。而作为一名中国的员工,我还负责接待来自中国大陆,台湾,以及新加坡等使用汉语的游客,帮助他们完成退税购物的各种手续。时而也有来自欧美各国的游客们,需要用英文进行交流,从而也锻炼了我的英语口语能力。虽然也有过因为做错事情而被店长和前辈们训斥的时候,但大部分时候,大家都能耐心而仔细的指导我学会店内的各项业务。打工让我的生活充实起来,也交到了来自各地的朋友。

如果说刚来一个多月的时候或许自己还有过那么一点过没有在东京留学的遗憾,但经过四个月在京都的生活后,我确是完完全全的爱上了这个美丽的城市。京都虽然不是大都市,但基本的生活机能都很完善。银行、超市、便利商店,都在离宿舍徒步五分鐘内的距离,想要逛街看电影的话,搭公车或骑脚踏车也都不需要半钟头。或许会有人觉得意外,不过不同于城市的喧嚣,在观光客的匆忙脚步之外,其实还有个质朴且适宜人居的京都。每次骑车经过鸭川,总是忍不住要停下脚步,看一看这广阔的蓝天,和远处重重叠叠的山脉。而这一切都是东京所比不上的。

接下来日子里或许还会有很多困难等着我,但是只要保持如今这份热忱和信心,我一定能更好的走下去。

周艳君

  一晃,已经要写第二次留学感想了,只觉时间过的太快,掐指一算,几经来日将近4个月,这种感觉,就像刚刚过完元旦,算起来自己已经25岁,而在心里,只能接受自己才23岁的感觉。为什么要过的这么快,为什么不能让时间停下他匆匆的脚步,为什么抓不住青春的岁月,它就已经渐渐远去。不过,正是因为它的短暂,它显示了它的珍贵!

  想来真好,在异国他乡,没有以前老师苦口婆心的教导,父母无微不至的衣食住行的照料,朋友成群结队的聚会调侃,自己依然活的安好而且快活,这种成长的感觉简直妙不可言,也许人最大的快乐就是感觉自己的能力在增长,最大的烦忧就是感觉自己不够优秀吧。记的有一次,口语课上轮到自己发表,我的稿子早已经准备好,但是不想读稿,我希望自己能背下来,但是时间紧迫,我答应好了朋友晚上一块逛街,第二天的发表原稿就不好准备了,但是,我还是想努力两件事情都成全了它们,于是,我就把稿子自己读了出来,用手机录了音,公交车上,我一直在边听边记,记得那天车的窗外风景很美,但是我回忆不出任何风景,只是回忆出那时候流向耳朵的录音,伴随了一整个30分钟左右的车程,回来的时候,下雪了,第一次看到京都漫天飘舞的雪花,激动不已,美丽的2014年的第一场雪的回忆,我留在了美丽的京都。到家之后,我试着被了稿子,有点不流畅,我就又继续熟悉每一个单词句子,尝试每一种语气,我必须把它背好,因为我太喜欢我写的稿子,我很想让明天班里来自五湖四海的人听的明白和舒服。第二天,课堂发表,我的目的终于达到了,有将近三分之一的同学对我的发表提问题和发表感想。我发表的题目是“我最尊敬的人之周恩来”,让外国人知道我们伟大的祖国有这么一位伟大的领袖,我感觉自己虽然力量微薄,也为竖立良好的中国形象做出了绵薄贡献。

  来日三月有余,学到了更多的知识,认识了更多的朋友,了解到了更多的日本文化,更加拓宽了自己的视野,更加明白了知识就是生产力,更加体会到了青春短暂,更加认识到了珍惜当下的意义。

  2015年已经迈出了它矫健的步伐,我也会随它一起,茁壮的成长。

黄毓慧

    圣诞刚过,新年将至,日本充满了过节的气氛,新年里人们总是希望用最美好的心情迎接新的一年。

临近期末,学校里考试相继而至,小报告,学期总结是避不开的问题。静下心来,回想这一学期,学习生活还算充实而有意义。和世界各地的同学一起学习,体验真正的日本课堂文化,也是一件开心的事情。每当走在校园,会看到一张张充满青春朝气的脸庞,觉得自己也充满了活力。学校就是一个你会自然而然爱上它的地方,自由而充满理想,你可以在这里绽放自己的青春。

走出校园,你又会看到不一样的人或事,这又是另一种新奇的体验。在这里你上街购物也好,吃饭娱乐也罢,周遭的一切都让你觉得舒服,生活如此的便利,人们如此的友好,诸如此类,你可以快速地穿梭,也可以慢慢地欣赏,总之它是如此美好。

来到这里四个月了,一直在京都,不离半步。人家说,你也太安静了。可是我觉得,这里还可以呆得更久,它需要时间去欣赏。我在放学回家的路上,会看到有三三两两的少年沿着鸭川跑步,会看到夕阳下一对老夫妻搀扶着散步,会看到夜幕中美丽的和服女子走在京都的小巷,一幅幅美丽的京都风景画,这里是你无法用相机记录,只可以用心灵体会的幸福与宁静。

来到这里我思考最多的问题是,我究竟是谁?是一个行者,亦或是一个过客?我可以每天行走于京都的大街小巷,看着这人群,你恍惚之间有一种感觉,你于日本,不是归人,只是过客。行走匆匆,你带不走这里的一切,但是你却知道了它的美,这就足够了。

呵呵,我不是诗人,但是我愿用诗人的情感去描绘我所见所闻所感,生活可以波澜壮阔,也可以精致细腻,我愿做后者,因为日本就是一个美丽的姑娘,你就应该用含蓄的语言去刻画她,用细致的情感去爱她,可能你做不到,但是你情不自禁地就会呵护这种美。

半年时间,匆匆一瞥,但求留住一份美好。

刘宇

日本語翻訳

時間はいつもどおり早いです。あたかもロケットであるかのように早くて、気づいたらもう2015年になりました。日本にきてから、もう四ヶ月になりました。

天気も寒くなって、部屋にいると、エアコを付けなければなりません。生活のことを慣れて、日本人先生と外国人クラスメートと付き合うのもだんだん慣れて来ました。いつもどおり、私の時間は大体学校で過ごしています。授業を受けたり、ゼミに参加したりします。

12月に、ボランティアの活動も参加しました。疲れましたが、本当に楽しかったです。活動終わった後、報告と反省を書くことになっています。従って、私は真剣に報告と反省を書きました。保護者に見せるものですから、外国人として、自信が無いので、日本人学生に頼んで、書いた報告用紙と反省用紙をチェックしてもらいました。相手は喜んで引き受けて、「任せて下さい」と返事してくれました。さいわい、間違いが一箇所にすぎなかったです。言ってくれて、直しました。今回私のついた子供はとても可愛いくて、動物が好きな子です。日本語がまだ下手なので、残念ながら彼と話す機会が少なかったです。

私は本当に子供が好きです。子供と一緒にいると、しばらく家への思いを忘れられます。他人の国にいるんだとよく思い知っています。国の学校、先生や家族など、よく私の夢に現れてきました。学校の先生のお陰で、留学の延長ができるのです。家のことをよく思って、国に帰りたいなんて、情けないと知っています。母に「日本に5年も10年も居るんじゃあるまいし、元気を出して、今の時間をもっと大切にして、頑張れ」と言われて、こころから暖かくなりました。母の話に家族の尊さを実感しました。残念なのは寝坊は悪い習慣だとわかっていながら、つい寝坊してしまいました。とくに、休みの日に。もっと頑張ろうとしなくてはいけないと思って、今はよく早起きしました。

たまには、旅行もしました。12月に、奈良へ行きました。京都を出るのは初めてですから、ワクワクしてたえられなかったです。予め汽車の時刻表を調べて、乗り間違えがあるかどうかと心配しました。幸い、計画どおり、無事に奈良につきました。奈良には、鹿がたくさんいます。優しくて、可愛いです。鹿の写真をたくさん撮りました。そのように人と仲良く生きているのは良い自然環境と人間の保護のお陰だろうと思います。

今の中国は環境問題が厳しくなる一方です。日本人の環境への見方は参考になるかもしれません。

吴方

13

時間の経つのは本当に早いです、あっという間に日本での留学生活の三分の二が過ごしました。

最初の時に、正直言いますと和食はぜんぜん口に合わなかった上に、価格も中国の食べ物と比べれば相当高いだと思います。そこで、自分で作ってみようと固く誓いを立てました。でも、生まれてから23年間でろくな料理を作ったことはあまりなかった私にとって、難しかったです。何を作ろうか、どんな調味料が必要か、柔らかく煮えているまでどれぐらいかかるか……おっくうな気がしました。が、ネットでレシピを探したり、お母さんに教えてもらったり、何回も練習したりしてから、今の私は美味しい料理を作れる自信があります。こういう意味では、日本での留学は誠にありがたいですね(笑)。

今学期、私は総合日本語、語彙、口頭表現など9単位の授業を選びました。授業が始まれば、いろんな練習問題や宿題がでて、充実した毎日でした。総合日本語の授業が終わればすぐ試験です。語彙、内容理解、文法など7種類の試験があります。中国では課末試験と中間試験を行う大学はほとんどないですが、同志社大学はそれと違って、試験が多くて、何回も学んだことを繰り返すチャンスがありますから、期末試験だけで学生を判断するわけではありませんので、毎日一生懸命勉強して知識を吸収します。

この間、日本人は新年を迎えました。日本人の友達に聞くと、初詣行くならどこでも人いっぱいだそうなんで、私もどこに行くか相当悩んでました。最後はやはり近くにある下鴨神社に決めました。夜11時まで紅白を見て、一緒に住んだ友達と下鴨神社に行きました。こんなに早く出かけるなら必ず一番早く初詣を済んだと思った私たちは神社に着いて、何百人ほどの行列が並んでいて初詣を待っている人たちを見た時、自分たちの考え方はどれほど甘いかを知りました。私はひつじ生まれですので、羊の参拝本殿に向かいました。来年は未年かもしれませんが、ひつじの行列が想像した以上に人がたくさん並んでました。でもみんな礼儀正しく、本殿に向かい、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼の作法で拝礼を行いました。さすが日本人だなと感心しました。

新年早々、京都は61年ぶりの大雪を迎えました。22センチぐらいの雪が積り、雪化粧した歴史的情緒あふれる京都の街並みに癒されました。大雪の影響で東海道新幹線の運転も遅れており、近畿地方から東海地方の広い範囲で交通が乱れてる背景でこう言うとちょっと悪いかもしれませんけれど、初めて日本に来てこんな綺麗な京都と出会うことができる私にとって本当に運がいいなと思いました。

残り時間は二ヶ月ぐらいですから、このわずかな時間を大切にしたいと思います。

燕虹

13

201511日に今年の初雪が舞い降りました。なんの前触れもなく、風を乗って、雪の華が降り止むことを知らずに、町を白く染めました。京都の60年ぶりの大雪だったそうです。全てが白になって、いい一年になりそうですね。

やはり時間が早いものです。2014年を送って、早々に2015年を迎えました。振り返れば、半年間の留学生活も大半過ぎました。今度はやはり勉強について少し話したいと思います。

私たちは今同志社大学の日本語・日本文化教育センターで勉強しています。ここは外国人留学生へ日本語および日本文化を教授するところです。

特別なのは授業が始まる前に、皆それぞれプレースメントテストを受けました。テストは筆記テストと面接が含まれています。そのテストの成績によって、学習段階が決められます。それに、その段階が細かく9段階まで分けられています。つまり、学生一人ひとりの日本語能力に応じた授業を取ることができます。

また、レベルが決まった後、自分のニーズと興味に合わせて、自由に授業を選択できます。授業の種類も多種多様です。「聞く・話す・読む・書く」の4つの技能をバランスよく身につけるための総合など日本語を中心に展開する授業をはじめに、生花や文学など日本文化をテーマにした授業ももちろん用意されています。また、学部・研究科設置・提供の科目も受講することが可能です。

それだけでなく、世界で活躍する各界の著名な方をゲストとして迎えた講演会がしばしば開催されています。例えば、十二月はじめに和食の第一人者である、老舗料亭「菊乃井」の当主、村田吉弘氏をお招きして公開講演会「日本人と食」を開催されました。皆さんのご存知のように、和食が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。その登録に直接繋がっている村田氏は和食が登録された経緯や、和食の定義や、湯のみとか羊羹の大きさとかなど和食の「量」について詳しく解説していただきました。とても意味深く、勉強になった講演会でした。

授業そのものに行きますと、一言で言えば、それはアウトプットの作業が多く、また形も様々だということです。例えば、クラスメートとともに、アンケートを作成し、校内で日本人の学生に答えてもらって、それからレポートをまとめます。また、資料を集めて、小論文を書いて、お互いに読んだ後にアドバイスをします。それらの練習を通じて、確実に日本語を操ることがだんだん上手になってきました。

残り時間はわずかです。その多くない時間をどうすれば有効に使うかがこれからの課題になります。

 丹妮

日本翻訳

日本に来てからすでに4ヶ月が経った。半年の留学生活に対して、最初に長い果てしないかのような錯覚を抱きしましたが、現在はあと二ヶ月足らず帰国しないといけないことを受けざるをえない事実となった。最初の「ああ、やっと日本へ留学できる」というわくわくした気持ちもだんだん名残惜しくなってしまう。やはり京都への特殊な感情が知らずに生じてきたのでしょうか。

日本語学習が忙しいにもかかわらず、いつも暇を見つけて京都以外の有名な観光スポットを見学しにいった。例えば、奈良市ともなると、数えられなくて可愛い鹿が棲んでいると言われている。だが、百聞は一見に如かずと言うくらい、奈良に来てから鹿は地元の人にとって可愛い生物だけではなく、聖なる象徴として存在して人々に守られているとわかってきた。ただ、鹿と遊んでいるときに、もっとも印象深かったのは人間と自然との垣根が一発で崩されて、違和感なく和やかに共存していることだった。動物園で籠に閉まられた動物とは異なり、奈良での鹿が自由自在に活動している光景だった。そのうちに不思議に思っているのは鹿さんが私の手の中のせんべいを見ると、すぐに奪って食べるわけじゃなくて、先に頭を下げて礼をしたことだった。このような光景を見るたびに、日本で動物さえもこれほどのマナーを身につければ、この民族は一体どうなのかとしみじみ考えきたのだった。しかし、鹿さんはお腹が減りすぎたからか、餌をあげているときにいつのまにか鹿がわらわらと寄ってきて、気付いたら鹿の大群に取り囲まれていた。もちろん、初めてこんな状況に遇うので、気持ちがドキドキというより、むしろ少し怖かった。それにもかかわらず、結局は鹿さんのあまりの親切さに心を奪われて感動された。

私にとって、留学とは勉強するだけではなく、旅だといえるでしょう。寺といい、神社といい、新しい観光地につくたびに、私に感動を与えてくれる。これらのわずかな感動を経って、本が持っていないことを勉強できるようになる。それでこそ今度の留学の意義と思う。

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