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2014年9月留学二松学舍大学学生感想文集1
发布日期:2014-11-11 阅读:
 

程妮楠

时间过的真快,不知不来日本已快两个月了。还记得第一次踏上片陌生国土的那天,冒着大雨,拖着大件的行李箱,在电车巴士的辗转换乘中才到达公寓,可身心疲!经过两个月的学和生活简单谈谈对日本个国家的一些了解和看法。

日本作中国的邦,是一个可恨,可,又得我的国家。可恨之处对每一个中国人来是那的刻骨心,那是史留的一段黑色记忆。作国人,默默的在心里,适当的抵制抵制日应该是个不选择他可,是因中国古代的字很多在日本被保留了下来,本是我自己的事,有人操心,何得学,我们这个地大物博的文明古国就显现有点不尽人意了。从等地公交的整齐队列,到取款机旁耐心的解,再到行所有人的笑脸问候,邮递员设口的选择题……能做到这么多,个国家真的不简单,我到他在用心做事情,有一些事情来的不一定是利益,更多的是一便利,一种让人不得不这种环境的体会。

日本的一天是听不到汽喇叭声的。车辆的行速度并不是很快,距也保持着一定的距离;也不会出行人与车辆抢过马路的情形,驾驶员会在离行人一米多外停下,行人先通

节俭。看了中国大学的大,你会很自然的想,大是一个学校的面,做的漂亮一点也不为过,自然而然的我会以大的好与坏、陋与奢定一个学校的力。但是我看看世界上一流的大学的大,都是那的不起眼,那的朴。而日本的大学的校,做的更,几乎到了找不到大的地朴之极。

日本人心、做事情一不苟。中国个浮躁的世界来,我的确要好好学,因古代的我也是那的一不苟。

張天恩

 時間のたつのは本当に早いものですね。あっという間にもう一ヶ月が過ごしました。短い時間ですけれども、いろいろ経験しました。異文化に刺激されながら、楽しんでいました。

今年九月十四日、日本に来てまだ一週間しか経っていない私が日本人に道を尋ねられました。相手が60歳過ぎの背の低いおばあさんでした。なぜ年齢が60過ぎと判断できるかというと、おばあさんの顔がもう皺だらけで、よろよろと歩いているからです。その上、左手がキャリーバッグみたいなものを力いっぱい引っ張っています。年配者はたとえ軽くてコンパクトなスーツケースを持っても、必死に全力を尽くさなければならないでしょうね。はじめは、私はそれがキャリーバッグだと思っているが、近づいてみると、なんだ、それが携帯用酸素ボンベでした。その携帯用酸素ボンベから引いたチューブが鼻についています。私は初めてこのおばあさんが酸素を吸入していることが分かりました。その時、日が暮れて夜の帳が下りて、たぶんもう午後八時になった頃でした。もしかして、前の便の電車が発車したばかりでした。とにかく綾瀬駅にあまり人気がありません。この時間、一家族が集まって、和やかに晩御飯を楽しんでいるはずじゃないでしょうか。こんな時間に、一人で携帯用酸素ボンベを引っ張っていて電車を待っていて、なんと可哀そうなおばあさんだったなあと思いました。それに、このおばあさんが道に迷っていました。私がこんなおばあさんに道を尋ねられました。なんだか、私は胸が痛くなって、何とも言えない気持ちになりました。

実は、日本に来たばかりの私も迷子になりました。電車に乗り間違って、もともと金町駅まで行くべきなのに、私が乗った電車が綾瀬駅で一時止まってから、引き返しました。私がさんざん迷ってから、電車の乗り換え方が分かりました。私が我孫子行きの電車を待っていたとき、「北綾瀬行きの電車はどこで乗りますか」とこのおばあさんに道を尋ねられました。正直に言うと、私はハッとして、どうしようかわかりませんでした。ちょっと考えてから、つい先私がどこかわからなく、むやみに歩き回って、そこに着いたことを思いだしました。だから、東京に不案内だけど、北綾瀬行きの電車が反対側に乗るべきだと知っていました。

私がおばあさんに説明しました。おばあさんが携帯用酸素ボンベを指して、「でも、これが重すぎるし」と言いました。何だ、私はおばあさんが病人だということを忘れました。情けないなあと思いました。私がおばあさんの携帯用酸素ボンベを持って、エレベーターに乗って、北綾瀬行きの電車前に案内してあげました。途中、おばあさんといろいろ話し合いました。おばあさんが心臓病に悩まされて、亀有の病院に行って医者に診ていただきました。年を取ったから、手術はできないというわけでした。「お子さんはそばにいないの。年配の親を一人で病院に行かせた」と聞いたが、「子供がいるのに、当てにならないよ」と嘆きました。知らずのうちに、北綾瀬行きの電車前に着きました。私がおばあさんを車内まで連れて、電車がもうすぐ発車する時間でした。おばあさんが礼を言って、私と握手した。感謝の意が溢れていて言葉で言いようがありません。

あのおばあさんと別れてから、私はときどきあのおばあさんのことを思い出します。病気がもう治ったでしょう。息子さんがもう当てにならない人間ではなく、頼りに出来るようになったでしょう。家族や人間の温かさを感じられるようになったでしょうと私はいつも心の底で祈っている。

もう一つ私に衝撃を与えてくれたことを言いましょうか。すし詰めの電車の中に、子供を抱いているお父さんが私の隣に立っていました。その子供がとても可愛くて、何かわからないこと言っていました。でも、お父さん抱かれていながら、落ち着かなくてずっと動こうとしていました。そのお父さんが大変そうだったが、満員電車の中は我慢するほか、どうしようもありません。しかし、目の前の会社員みたいな若者は無愛想な顔をしていて素っ気なくこの場面を見つめていました。突然、電車が揺れ動いて、そのお父さんが倒れそうになって、子供から手を一つ放して、なんとか吊り輪につかまりました。だれかが席を替わってあげるかと思っていたが、結局誰も譲ってあげませんでした。私はがっかりしたというより、びっくりしました。中国では、電車に乗る時、目の前に年寄りが立っていれば、私はじっと座っていられません。なぜかというと、良心が咎められていてイライラするからです。モラル的に咎められているより、立っているほうがましだと思っています。そう思う人は、私ばかりじゃなくて、ほとんどの人もそう思っているといってもいいでしょうか。バスに乗る場合、良心の咎めを免れるために、バスの後部に座っている人もいます。これは必ずしもモラル的に高尚だと言えるとは限りません。ただ、社会にどんなルールが成り立っていることです。日本の電車内に「マナーモードに設定の上、通話はご遠慮ください」という張り紙が張ってあることは、毎日きっと皆さんの目を引いているでしょうか。これも社会の既成のルールです。誰かがこのルールを破ったら、モラル的に咎められるだけではなく、周りの人にも叱られるかもしれません。電車に小声で電話に出て、周りの人に叱られたこともたまには見られます。

中国では年寄りたちに席を譲るルールが人の心に深く入りこんでいるといってもいいでしょうか。日本では、年寄りたちにあまり席を譲りません。この言い方そのものにも問題があります。そもそも、譲るか譲らないかはただの一部分の人に限られていて、私はすべての人に聞いたことも一度もなくて、そう断言することができないでしょう。これはただの個人的な見方に過ぎません。必ずしも日本人より中国人がモラル的に高尚だと言えるとは限りません。問題はただどの国で、どのようなルールを生み出すということです。日本で、電車内で通話禁止というルールがあるけれども、年寄りたちに席を譲りません。しかし、中国では、電車内で通話禁止というルールがないけれども、席を譲ります。この違いは本当に興味深いです。

一人で病院に行くおばあさん、子供を抱いて立っていたお父さん、これがどういう社会現象なのでしょうか。日本人は当たり前のことだと思って、日常茶飯事だと見なしています。カルチャーショックに直面していて、異文化に接している中国人として、そんなことが決して当たり前のことではありません。実は、これが大きな社会問題とつながっています。

日本も中国も、目覚ましい経済発展を遂げて、物質文明がかなり進んでいました。しかも、日本は高度経済成長期を経て、世界の先進国の列に並んでいます。インフレ整備も中国よりはるかに先に進んでいます。医療設備も、国民健康保険も整っています。医療設備が整っていれば、年寄りたちは自分で病院に行けます。たとえ、急に病気になって動けない場合も自分で電話をかけて救急車を呼べます。他人の力に頼らないで、年寄りたちは自分で自分の世話をすることができるようになってきました。これは年寄りたちの自立と言えるでしょう。社会人はもちろん、老人も自立できて、若者たちも自立できて、社会の人々も自立できます。これが社会発展のメリットと言えましょうか。しかし、物質文明の発展に伴って、人間の間のつながりがだんだん薄くてなってきました。人々の絆というものの役割が弱まってきました。とにかく、人間の温かさがどんどん去っていって、消えてしまいました。高速経済発展と引き換え、人間関係が疎くなりました。これが社会発展の副作用と言えましょうか。

今、中国でもこういう社会問題を抱えています。倒れていた年寄りを見たら、助ける人はあまりいません。助けようとしないわけではなく、助ける勇気がないからです。もし、自分が倒れた年寄りを助けるなら、その年寄りに絡まれて金を取られる可能性もあります。自分が年寄りにぶつかって、年寄りが倒れたと言われたら、弁解一つもできません。とにかく、倒れる原因を助ける人のせいにすることを恐れていて、助ける人はあまりいません。実は、これももっと深刻な社会問題です。

まごついた年寄り、子供を抱いて電車に立っていた父親、また、それを見て振り向きもせず人間、これは綾瀬駅の人模様です。人々の間にもう痛ましいわだかまりが横たわっているようになりました。人間の温かさをなくして、これが実に痛ましいことです。人間の温かさはとても重要なものなので、大切にしなければなりません。なぜかというと、そこには、私たちの生きがいがあるからです。外国人として、こんな風景を見ると、何とか胸が痛んでいます。いずれ、こんな風景が変わると望んでいます。

張万挙

はじめて日本に来た時はすべてが慣れませんでした。その後、二松学舎大学で周りの先生方と友達からいろいろ教えてくれて、中国と違う異文化や習慣をだんだん自然に理解するようになってきます。

日本への印象と言えば、言いたいことはどんなことでも心細かくするのは日本人の仕方です。友達と買い物や外食する際に、日本人の細かな心遣いをしみじみと感じていました。駅で電車会社の宣伝広告には「サービスの始まりはお客様の気持ちになることです」という言葉は実に面白いし、人に感動させました。中国で唯一の鉄道会社はこのようなサービス気があればなかなかいいと思います。

初めて日本の電車に乗ったのは他人に導かれ、成田空港から住むマンションへ行った時でした。電車中みんな興奮して東京に到着した気持ちを楽しく語りあっていた時、日本人が電車中で話したり、食べたりする癖はないから、みんな静かにしたほうがいいだと迎えに来てくれた人に言われてしまいました。確かに日本での生活は安寧秩序という言葉で描かれれば過言ではありません。

ただ電車中の風景からみれば、これからの留学生活には日本人の仕方に私は慣れなければならないところはまだ多いです。

でも、頑張ります。

 

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